月夜見 
残夏のころ」その後 編

    “どんなに上手に隠れても”


産直スーパー“レッドクリフ”は、
近隣の農家の方々から提供される新鮮な野菜を中心に、
あくまでも良心的な、アットホームなお店を目指しており。
売り出しもほぼ毎日ならば、
お値打ち品の品揃えもそりゃあ万全で。
お来店くださるお客様がたは元より、
パートの奥様たちやバイトの学生さんたちも、
それは溌剌と朗らかに、お仕事をこなしてくださる、
笑顔の絶えない店としても有名で。
そんな朗らかさの象徴とも言えよう、
お天道様みたいなお元気坊やだなんて、
皆々様から呼ばれてもいるほどの、
満面の笑顔が人気の高校生。
いつも青果ヤードのどこかにいる筈の、
ちょっぴりちんまい男の子が……

 「あら、今日はいないのね。」
 「マルコちゃん、あの子、休みなの?」

日に一度は あのお元気な笑い声を聞かないとという、
顔馴染みの常連客のおばさま方が。
いつもの担当、
白菜やホウレンソウ、
チンゲンサイといった葉もののコーナーを見回してみて、
姿がないなぁと怪訝に思ったのだろう。
お隣の旬のコーナーの棚へ、
今日はブロッコリーを積み直していた、
ここいらのブロックの主任さんへと声を掛けたものの。
ちょっぴり奇抜な髪形をした、身の軽いお兄さんは、

 「さぁて、俺は何も訊いてねぇよイ。」

どこの訛りか、少々変わった口調で応じ。
まったく困ったこったなと、
気のいい若いのが にひゃりと微笑うばかりだったりし。
商売人としての完璧なあしらいのその陰では、

 “…まったくエースの奴ぁ。”

訊かれたのはその弟の方の居どころではあったれど、
この運びへの心当たりがあってのこと、
無責任に何か煽りやがってよイと、
別口の苦笑が絶えない彼だというのは、勿論のこと 内緒だったが。
他の売り場か、休憩中かも知れないよイと、
無難なところを告げて、それなりのお愛想振り撒いて。
商品の陳列と整理もついたのでと、
空になったダンボール箱を畳んで小脇に抱えると、
軽快な足取りでバックヤードへ向かって戻ってく。
ヤードの一部が、
テントのような日避けの幌を張り出させた格好になっている、
それは開放的な店内をたったか ゆけば、

 「おお、マルコ。」
 「今から白髭のじいさんのトコか?」

通年で変わらぬ定番野菜、
ジャガ芋やニンジンといった根菜担当のおじさんや、
やはり定番ながら、産地は季節で違う、
キャベツやハクサイ、青ネギを扱うお兄さんなぞが、
気さくにお声を掛けて来たのへ、
大きくこっくり頷いて。

 「ああ。何か伝言とかあっか?」
 「そうさな、畑仕事や田起こしに、
  若いのが要るならいつでも声かけてくれや。」

直販のブースへ やはり野菜を持ち込んで下さってる、
いまだに割と大きめの所帯での、
家族三代ぐるみで農業一筋のお宅があって。
そこと、仕事を離れても親しくしている彼だったのでと、
周囲の人達もそんなお声を掛けたのだけれど。

 「う〜ん、それはなぁ。」

せっかくの申し出へ、だが…と言わんばかり、
言葉を濁して立ち止まったマルコとやらであり。
この店の者には付きものな性分、
それはざっかけなくも気さくな彼には、ちょいと珍しい反応へ、

 「? 何だ?」

皆が“おやや”と目を見張ったが、

 「最近 おやじは、孫どころかひ孫みたいな若いのへは、
  何かと甘くなって来てるからよイ。」
 「あはは、それだと古株へは しめしがつかねぇか。」

そりゃあおっかない昔堅気なお人だったのが、
そうかやっぱり年がいくと、
そうやって丸くなっちまうのかねぇなんて。
微笑ましいやら しょっぱいやら、
苦笑交じりの応酬となり。

 「………で、何やってるんだ、あいつはよイ。」

マルコが顎でひょいと示したのは、
少し先の常温保存可の食品を扱っているコーナーにて、
何とはなし、こそこそとした動きをしている誰かさん。

 「さてな。
  朝から、いやいや、こないだっから時々ああでな。」

 「こないだっから?」

同じ青果担当の自分はちいとも気づかなかったこと。
いや待て、そういや、
その青果のヤードからちょくちょく姿が見えなくなっているのは、
確かに今日だけの話じゃない。
一昨日かそこら、すなわち“こないだっから”にあたらぬか。

 「………ふぅ〜ん?」

スピーカーから流れているのは、
BGMにしては、しかもこの時期にしては相当に珍しい、
何とかいうお題の名物音頭で。
婀娜な年増の味な節回しと、三味線ベースのお囃し風の演奏の、
時々音が割れるのが、どこかノスタルジックで雰囲気はあったが。
そこまで田舎じゃあねぇよイと、
ぼんやり思ったのも、若さゆえの ツッコミ感覚の鋭さがなせる技。

 ………いや、そんなことは どうでもいい。

新しい荷は入ったか、○○さんトコへキヌサヤ追加お願いしとけ、
××ちゃん見なかったか、
取り置きのカット野菜30人分、取りに来られたぞ…などなどと。
闊達なお声でのやり取りが遠く近くに飛び交うバックヤード前にて。
ベテランだが実年齢はまだまだ若手のお兄さんが、
どこか感慨深げなお顔をし、そして……


 「…ルーフィー、仕事しねぇんなら帰りな。」
 「やだっ。」
 「仕事してねぇ奴には給料はやれんぞ。」
 「いや、金はともかくなんだな。」
 「ほほぉ、豪気な奴だな、金は要らんか。」
 「要らねぇなんて言ってねぇよ。//////」


売り出し商品のだしの素の箱が、
うずたかく積まれたディスプレイの陰で、
ぷぷいと頬を膨らませる甥っ子へ。
こちらさんは、
短距離走のスタートピストルを思わせる手持ちツールで、
値札シールをカシャカシャと素早く貼ってゆく手際も鮮やかに。
カップめんの商品補充を自ら手掛けていたのが、
他でもない赤髪の店長さんであり。
働き者だし、客からの受けもいい、店員との仲もいいとあって、
今やこのスーパーには欠かせぬ戦力となっている坊やだが。

 “あまりに挙動不審だと、
  却ってあっさりバレるって、どうして気づけないかなぁ。”

顎や鼻の下の無精髭も、
何故だか胡散臭い印象ではなくのご陽気と映ってのこと、
彼もまたすこぶるつきにウケのいいそのお顔をほころばせ、
何やってんだかと苦笑するシャンクスだったが。
そこが若気の至りってもんですよ、店長さん…と。
ついつい もーりんまでもが口添えしたくなったほどに。
この店の無敵のマスコット、店長の甥御のルフィくんは、
このところ、こんな調子で挙動不審が続いており。

 「冗談抜きに。
  そろそろ此処担当のパートのおばちゃんが、
  休憩終えて戻ってくんだ。」

  だから、
  そんなして“隠れんぼ”なんかしてんじゃねぇよと、
  やたらに身を隠していることへ、
  帰っちまえとまで言ってのクギを刺せば、

 「う〜〜〜っ。//////」

叔父上のそんな気遣いにも気づかずに、

 「でもサあのサ、帰っちまったら逢えねぇし。」
 「ああ?
  逢いたくねぇから隠れまくってんじゃねぇのかよ。」

頓珍漢なことを言う坊や、
そこを指摘されると、頬を膨らましたまんま、

 「………違げぇもん。///////」

自分でも複雑な心を持て余すのか、
珍しくも不貞腐れるお顔がまた、何とも幼くて。

 “やっぱガキだよな、判りやすすぎ。”

だったらいっそ、自分の持ち場にいたほうが、
彼奴がそっちへ行ったときだけ焦ればいいのだ、
ササッと素早く隠れるのだって楽だろに。
それだと収まらない感情もあってのこと、
完全に遠ざかるのはヤダと思う、
そんな気持ちもまた隠し切れてはいない辺りが、

 “底が浅いというか、”

つか、何があってのこの騒ぎなんだろねと、
さすがに彼一人だけを注意して見てもいられぬ店長、
その転機となったらしき何ごとかに、
こちらさんは覚えがないものだからややこしい。

 「……………お。」

こやつの挙動不審とくればの片割れ、
あの学生剣豪さんにカマかけてみようと思ってたその矢先。
そのご当人が…トマトの搬入を終えたらしく、
空き箱を山ほど抱えて、
ここからだとガラスの素通し窓越しになる、
店のすぐ裏の通路を通って行くのがよくよく望めて。

 「…………。////////」
 「   はは〜ん?」

不意に押し黙った甥っ子の、視線どころか頭ごと、
その軽快な移動へ合わせての左から右へと、
監視カメラよろしく、それはなめらかに動いたのを見やった叔父貴様。
そうか、これを見たかった訳かいと、
納得したと同時、ハッとしたけど遅かったのが、

 「おい…こら、ルフィっ。」
 「へ? …どわっ!」

うっとりしていての不注意、ルフィが凭れてしまったその弾み。
販売促進用のダミーのディスプレイなんかじゃない、
実物をただ積んであっただけという
○の素さんの本だし顆粒パック(大)の山が雪崩を起こしたもんだから、


 「元通りに積み直せな。」
 「………はい。」


多くは言わずに命じたのへと、
ご当人も誰が悪いかは判っているのだろ、それは素直なご返事をし、
あちこちに散ったのへ駆け寄って、
拾い上げ始めるフットワークもなかなかに軽やか。

 “とはいっても、積み上げるにゃあタッパが足りないか。”

脚立を持ってくりゃいいだけの話…とはいえ、
それでは面白くないよなぁと、何だか人の悪い笑い方をした赤髪の店長が。
搬入班のたまり場になってる駐車場まで伸してって、
とあるノッポのお兄さんへ
“すまんが手伝ってやってくれねぇか”と、
そりゃあ爽やか朗らかにお願いすると思った人は、


   ふっふっふっ、
   お主もワルよの、越後屋vv(おいこら)




   〜どさくさ・どっとはらい〜  2011.05.16.

  *カウンター 381、000hit リクエスト
    貴子さん 『残夏のころ設定で、甘酸っぱい loveなお話』


  *書くの忘れてますが、(こらー)
   こないだの キッ○事件の続きのようです。
   ルフィさん、意識し過ぎ。
(笑)
   でもって……ゾロの方はどうなんでしょうかね。
   これまでは、彼も結構 焦るときゃ焦ってましたが、
   今回はもしかして…その原因へ気づいてないとか?

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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